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だからまたそれは、そこにしかなく、そこだけにしか存在し得ず、そこにしかあり得ないものなのである。たとえ見えるすがたカタチが変わっても、それは、そこにあるとしか言いようがないし、また、そうであり続けれるし、それ以外になく、そしてそれだけが真の自分のすがたなのでる。そうした意味で、それは必然的な存在なのである。 表面上で無限の変化をくり返し続ける、その変化の仕方がそうなのである。見えるすがたカタチがいくら変わっても、変わり得ないものがそうなのである。それ自身の、外からは見えない、内的な原理がそうなのである。 いくら外面上の表面が変わっても、変わることのない自己の内面の世界がそうなのである。自分自身の中の必然性がそうなのである。見えるすがたカタチが変わっても、それを動かしている原理そのものが変わらない、という意味でそうなのである。 |
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