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それは、時と場合によって、同じものが全く別の意味をもって、私たちに迫ってくるのである。そればかりか、それすらも、それを見ている自分たちの目的や動機、理由によっても全く異なってくるのである。そういうワケで一体なにが、この現実の本当の姿(すがた)なのかは、だれにもわからないのである。 そしてこのわからないというところに、すべてが集約されているのである。すなわち、知り得ないということ。そして、このような無限の変化と混沌とした多様性の中で、私たちが生きているということである。そして、これこそが本当の現実のすがたではないだろうか。 そうだとすると、私たちはいったい何を見ているのだろうか。それは、自分で自分の意識の世界を見ているのである。それ以外にない。意識は、意識が見える世界を見ているのである。それ以外のことは見えないのである。それは私たちの経験と、その記憶が作りだした世界、すなわち、自分自身の意識の世界を見ているのである。 |
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