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2、空間的制約。



そしてまた、常識や習慣や生活スタイルといったものも、このような空間的制約の中で営まれているのである。これは生きて行く上での制約とは条件のことであり、同時にまたそれが、現実的な可能性にもなっているのである。

たとえば、地政学的に見た日本人の気性としての、潔(いさぎよ)さや、すぐに協調して迎合するのもそうである。島国という空間的に狭く、そしてその閉じた世界が、このような気性を求めたのである。そしてそれへと導き、拘束し、条件づけてきたのである。

また、こうしたことは、時間の流れについてもそのまま言える。時間の経過に伴う歴史上の出来事の推移に見られる。すなわち、その歴史を特徴づけていて、出来事の経過のパターンとその形式、そしてその秩序の整合性について顕著に見られるのである。

すなわち、型式化され、画一化され、形式化されるのである。なぜなら、そうでないことには人民から指示されず、理解もされず、納得もしてもらえないからである。また、それとは別に、日本の歴史的文化と地理的環境といったものが、それ以外の出来事の経過を許さないからである。


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